理解の深さ Depth of Understanding

 成長したばかりの若者の中には、生意気な者がいる。何もかも分かってしまった積もりになっている。分かるということには、無限の意味があることに、まだ気付かない。一番単純な論理をベースとした筋だけを理解して、これが全てだと思っている。知恵のある大人は、全てが分かっている訳ではないことを知っているから謙虚である。生意気な若者は、これを誤解して尊大な態度を取る。

例えば、「人生は短い」という言葉がある。「生まれてから歳を取って死ぬまでの時間は短い」という論理の筋は、誰にでも分かる。人生の荒波を超えて、今、「人生は短い」と言う老人がいたとする。この言葉の意味は、深く膨大で論理の筋だけでは把握できない。数々の経験がもたらす「多種多様な視点と多種多様な意味と価値」を背景にした複雑な感情が累積して、「人生は短い」という言葉が出来上がっている。
「林檎」は英語で言うと「apple」だ。辞書にもそう書いてある。だが、現実に使われる言葉としての「林檎」と「apple」は違う。青森の林檎農家で育った人の「林檎」とスーパーで買う林檎しか知らない人の「林檎」は違うし、日本人の「林檎」とアメリカ人の「apple」も違う。辞書が示す共通の概念はある。しかし、青森の人の「林檎」には、故郷の農園、林檎の木、その匂い、場合によっては懐かしいお祖父さんやお祖母さんの姿まで含まれているかも知れない。
今、「1から10」までの数字を思い浮かべてみよう。算数上の数字ではない「1から10」がある。自分にとって、好きな数字がある、幸運を招く数字がある、奇数は尖っているかも知れない。大きく感じる数字もある、綺麗に感じる数字もある。顕在意識の覚醒度を落とした状態で、例えば、慣れない運動を繰り返しながら、同時に数を数えると、こうした算数上の数字ではない数字が浮かび上がって来ることがある。

自然宇宙は、物質宇宙の時空を越えて、想像以上に広くて深い。「全て分かったと思ってしまう」のは、非常に勿体ない。

コンピュータが進化して、却って、単純馬鹿が増えている。コンピュータは、前述した基本概念・単純論理だけの世界にいる。コンピュータの記憶容量・計算速度は、人間を遥かに凌ぐものではあるが、そこには、人間とは違って、複雑な意味や価値・感情を生み出す仕組みはない。それが悪いと言っているのではない。このことをよく理解してコンピュータを使わなくては、道を誤ってしまうということだ。

カテゴリー: エッセイ   作成者: ngg001 パーマリンク

ngg001 の紹介

南房総に移住、趣味は自然・社会・人間について体験すること、考えること。歳を取って、世の中に何か良いものを残そうという気持ちが強くなってきた。「若い頃の罪滅ぼしか?」等と言われます。

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