03)この世に一番近いあの世の領域・その1

あの世は様々な次元や世界で構成されているが、ここでは、この世に一番近いあの世の領域について触れてみたい。目に見えないその構造を雲に譬えて表現し、その名前は、あの世に存在するものではあるが、この世のそれに相当するものを使って、例えば、素粒子、原子、分子などと呼ぶことにする。

まず、素粒子の雲をイメージする。その内部は各素粒子ごとの雲に分かれ、全体を構成している。そこに、原子の雲が懸かっている。原子の雲の内部は各原子ごとの雲に分かれていて、それらの雲は、それぞれに、自己の原子を構成する複数の素粒子の雲に懸っている。そして、この原子の雲に、分子の雲が懸かっている。その分子の雲の内部も各分子ごとの雲に分かれていて、それらの雲は、またそれぞれに、自己の分子を構成する複数の原子の雲に懸っている。
更に、これら全ての雲は、自己に影響を与える普遍的な法則、論理、概念、イメージ、記憶、感情などの源(「あの世とこの世」の項を参照のこと)の雲にも懸かっている。

これらを原型の雲という。これらが、この世に存在する素粒子、原子、分子の構造、形態、機能、性質、因果変化などの設計図になっている。言い方を換えれば、原型の雲は、時空間に制限されないあの世にあって、この世のそれに相当するものの構造、形態、機能、性質、因果変化などを、直接生み出し、又、制御している。
これらの雲は、素粒子、原子、分子に限られたことではない。この世に関連するもの全てに対応して存在するのだ。物質ではない、精神的なもの・法則的なものにも原型はある。例えば、人間に関連するものとしては、素粒子の雲から、個人の雲、家族の雲、国家の雲、人種の雲、全人類の雲、更には、文化の雲、宗教の雲、等々、無数に考えられる。これらが、複雑に、入り組み、重なり合い、溶け合っている。

原型の雲には、この世に於ける人類の基本設計図がある。人間の基本となる構造や性質は、これによって出来上がっている。勿論、個人の設計図も重なって、この内部に存在する。例えば、この世での自由意志(「自由意志と本能」の項を参照のこと)に起因する事故によって個人の肉体が破損した場合、これにより個人の原型の設計図は書き換えられる(書き換え前の設計図も別ファイルとして残され、全てが並行存在している)。逆に、あの世の原型変化に起因するこの世の肉体の破損も考えられる。このように、あの世とこの世に存在するものの間で、相互作用が働いている。この相互作用は、個的なものに限らず、集団的・遺伝的な変化にも働いている。

ここで、更に、ややこしいことにも言及しておこう。あの世は時間を超越した次元にある。従って、因果変化に関わる原型の雲には、未来図が入っている。例えば、或る人物の未来については、この世のその瞬間に対応する(全ての関連原因と関連法則が、その瞬間以降の自由意志の投入なしに、即ち、決定論的に推移した場合の)未来図が描かれている。しかし、自己並びに他者の自由意志によって、この未来図は変えられるのである。
理解を深めるために、具体例を挙げてみよう。植物の種子だ。この世の植物の種子は見た通りのものだが、原型の雲には、未来に芽が出て葉が茂り花が咲くものとして存在している。だが、この世で、誰かの自由意志によって焼かれてしまったら、その芽は出ない。未来は、前述の意味で、決まっているが、自由意志によって、変えることができるのだ。そして、この世で焼かれてしまった種子の個的な原型の雲は、この世で生じた事象に即して、変化が加えられ、未来図は書き換えられる(上書きではなく、別ファイルが作成される)。逆に、あの世の原型の未来図に変化が生じれば、この世のそれに相当するものの未来に変化が引き起こされる。この相互作用も、個的なものに限らず、集団的・遺伝的な変化にも対応している。

一方、雲には、原型の雲とは異なるものもある。その異なる雲は、いつでも原型の雲に隣接しているが、この世に於ける経験のアップロードだけで出来ている。
この個別領域の雲には各個人の過去の全ての経験が蓄積されている。その中で、家族との共通経験は、共通領域の家族の雲に懸っている。或る集団内での共通経験はその集団の雲に懸かっている。このような集団の雲も、入り組み、重なり合い、溶け合って、無数に存在している。

共通経験とそれに伴う意志エネルギーの集積(正確に言えば、個々の生命体に分け与えられた根源的な意志エネルギー、自由意志の集合的・時間的な集積)が、或る量を超えると、共通領域のその部分の雲は、関連する原型の雲に合流する(元の共通領域の雲は、合流で消滅するのではなく、そのまま残っている)。この合流に伴うあの世での原型変化が、物体の構造・形態・機能の変化、集合記憶感情伝達、本能形成(詳細については「集合記憶感情伝達」「文化の伝承」の項を参照のこと)という形で、この世に、又、影響を及ぼすのだ。これが、筆者が仮説として提唱する、この世の生命体を集団的・遺伝的に進化させ、且つ、これに絡む無数の創造を生み出す、あの世とこの世の間で繰り返される、創造循環である。尚、ここで言う進化とは、集団毎に個別に考えた場合、退化も含まれているので、変化と言うべきかもしれない。

個別領域の雲と個的な原型変化だけに関係する個々の生命体に限定された変化についても触れておこう。上述の集団的な力も、元を辿れば、個々の生命体に与えられた根源的な意志エネルギー、自由意志に行き着く。その集合的・循環的な集積が、種や集団の変化や進化を生み出している。従い、個的な自由意志を起点とする個的な変化は、当然、個的な範囲に限られ(子孫への遺伝や集団的な変化はない)、その変化程度も限定的ではあるが、別の側面を見れば、集団・個を含めたあらゆる変化の基本的なベースになるものとして、個的な原型変化を引き起こし、物質的な構造・形態・機能面での個的変化、精神面での個的変化(個としての心の紐付けなど)を生み出しているとも言えるのだ。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong>