19)人類は偉大な集合動物か

人類を一つの集合動物と見れば、この生命体は、科学と技術の強力な発展を手段として、この200年ほどの間に、飛躍的な進化を達成したと言うことができる。更に、現在も、加速度を増して、この道を進行している。この集合動物は、その部位や細胞にも譬えられる膨大な数のお互いに見ず知らずの個人個人を、お金をベースとする複雑巧妙な社会経済システムを構築し、科学技術を利用し、強制することなく自ら進んで分業・協業させ、人類史上最大の便利さと物質的な豊かさを生み出している。そして、これら分業・協業の成果を、これに携わる個人個人に循環的に還元している。視点を限定すれば、誠に素晴らしいことなのだが、この集合動物の一番の問題点は、この分業・協業が生み出すアウトプットを無限に増大しようとする単純で強烈な欲望に取り憑かれていることである。

当然のことながら、この集合動物の様々な構成部位・細胞の間には無数の機能分化があり、区別・差異がある。それらが、複雑巧妙に繋がり統合され、一つの生命体を構成する。この集合動物によるアウトプットは、上述の通り、これら部位・細胞の間に配分される。だが、この集合動物には、その欲望に沿ってアウトプットを増大し配分量を増やせば増やす程、これら部位・細胞の間での配分率に不平等が増加していくという体質がある。全体としての配分量は豊かに大きくなっていくのだが、度を越せば、「頭には100の配分があるのに、足先には、1の配分しかない」等ということになる(例えば、政治力を巻き込んだ大企業の無限大の利益追求、不公平な税金の徴収と不公平な税金の使い方など)。更に、こうして無限大に増大し配分されるアウトプットは、各部位・細胞間のバランスを崩すばかりでなく、やがて、これら部位・細胞を不必要に肥満させ機能不全を引き起こす(例えば、便利さと物質的な豊かさに溺れて、考えることや努力することを忘れた人間、興味のあること以外には無関心の人間、義務を怠り権利だけを主張する人間、自己を省みず他人の非難ばかりをする人間の増加など)。即ち、この集合動物の強烈な欲望は、その肉体を不健康な状態に導いていくのである。

この集合動物は、この200年ほどの間に科学と技術の達人に成長し、目に見えるこの世に関連したものに対しては、客観的な目と優れた知力を持つに至った。一方、あの世に関連して神様でなければ理解できないものに対しては、無関心を貫くか、意味の無いものと決めつけてしまう。それでも、神様に代わって、科学的な裏付けのない主観を押し付ける王様や教祖よりは良いだろう。しかし、この世の存在を有らしめている絶対的な力、目に見えない世界からやって来る倫理感情、科学・数学の論理を支える科学的証明が不可能な真理感などに無関心のまま、この集合動物がアウトプットを無限に増大しようとすれば、自然宇宙のバランスを崩し、己の存在基盤を危うくすることは必至だ。大自然の、生命の、裏に存在する非物質的なあの世のエネルギーを理解できないからといって、又、この世の全てが科学的に解明された訳でもないのに、無知のままに、それらを無視して傲慢に、この地球環境を変化させ続ければ、やがて、この集合動物は、踏みしめる大地を失い呼吸する大気を失うことになるのである。

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