D)この世に一番近いあの世の領域・その2

本仮説によれば、自然宇宙はあの世とこの世を合わせたもの、そして、これは、創造主と言われる意志と創造の力を駆使する生命存在が生み出したものである。視野を広げてみれば、生み出すものと生み出されるものは一体化しており、自然宇宙は創造主そのものだと言ってもよい。創造主は、法則・感情・論理・概念・イメージ・記憶などの源である非物質エネルギーを伴う創造する意志を持った生命存在であり、その意思遂行のための手足として、初めに、あの世を、次に、この世を生み出している。

自然宇宙は一つの生命存在であると同時に、その構成要素それぞれもまた一つの生命存在である。時空を超越した領域が本来のものであるのと同様に、個的存在とその集合した存在にも高い次元での一体化がある。銀河も太陽も地球も自然宇宙の構成要素ではあるが、これらはこれで、一つの生命単位として存在しているのだ。地球上のあらゆるもの、鉱物でさえも、この意味で、生命として存在している。誤解を避けるために、付け加えるが、この説明は、この世のものだけを言っているのではない。自然宇宙はあの世とこの世を合わせたものと前述したが、銀河も太陽も地球も、人間も鉱物も、あの世とこの世が合わさって存在している。あの世の原型がこの世の存在の元になっているのだ。言い方を換えれば、生命が物質を生み出しているのであって、物質が生命を生み出しているのではない。

人間に心があるように、太陽にも、地球にも、虫にも、植物にも、鉱物にも、それぞれ、それなりの心がある。個的に、そして、集合的に、心があの世とこの世を繋いでいる。アニミズムは、決して原始人の迷信ではなく、現代人が失いつつある知覚によって、自然宇宙の本当の姿を見抜いている。

更に、話を進めよう。この世のあらゆる存在は、あの世が合わさっていなければ存在できない。だが、あの世の生命存在は、必ずしも、この世の物質的な構造・形態・機能を必要とはしない。元々、その様な存在であったからだ。創造主の意志・創造の力が働き、この世が生み出されると同時に、そのような生命存在の中の或るもの達が、自然宇宙の進化をより効率的に促進するため、この世で物質的な構造・形態・機能を持つに至ったのである。

そうであれば、物質的な構造・形態・機能を持たない生命存在が、自然宇宙には無数に存在することに何の不思議もない。このような生命存在の中で、創造主の意思に同調して非物質エネルギーを理解・制御する段階にまで進化したものもいる。どのような生命も創造主の部分であることに間違いないが、彼らは、創造主に近い創造主の部分であり、我々が神と呼ぶ存在と考えてよい。

神は、創造主に同調した自由意志(「自由意志と本能」の項を参照のこと)で、因果の流れから独立した新たな原因を、生命集合体由来の意志エネルギーとは別の形で、創造循環に投入して、あの世の原型を創造し、制御し、変化させることができる(「この世に一番近いあの世の領域・その1」「集合記憶感情伝達」の項を参照のこと)。或る種の突然変異は神のこの力によるものである。神の自由意志によるこの新たな原因投入は、「この世の生物進化は当の生命集合体の望む方向にあの世とこの世を循環しながら向かう」という創造循環の基本ルールとは異なるが、この原因投入は、その後、すぐさま、創造循環の基本ルールに合流する。

更に、あの世には、上述の神を含めて様々な進化の状態で、自由意志を駆使し自然宇宙の創造に参加する生命が存在する。この世に或る期間、物質的な構造・形態・機能を持って進化するもの、この世に関与するが、物質的な構造・形態・機能を持たずに進化するもの、この世には全く関与せずに進化するもの等が考えられる。いずれにせよ、この世に関連して具現化する「物質的な構造・形態・機能、並びに、法則・感情・論理・概念・イメージ・記憶など」の創造・変化・進化は、あの世の原型の創造・変化・進化と一体化している。又、個的進化は、集団的進化と一体化し、集団的進化は、自然宇宙の進化と一体化する。即ち、人知の及ばぬ高い次元の領域では、個と全体は一体化し、個は全体を含み、全体は個を含むのである。

一方、科学技術の驚異的な進歩と科学者の自由意志を起点とする研究の成果によって、人類による遺伝子操作は、この世の生命体の物質的な構造・形態・機能を、集団的・遺伝的に変化させ、「この世の生物進化は当の生命集合体の望む方向にあの世とこの世を循環しながら向かう」という創造循環の基本ルールとは異なる形で、あの世の原型を変化させる。だが、あの世の原型変化の後の流れは、創造循環の基本ルールに合流している。

更に、非物質エネルギーを理解・制御する術を持たない人類は、前提条件を一定にした箱の中に投入した原因とその結果を統計的に把握し、帰納法的に、因果関係を推論することしかできない。その因果関係を支える力の中身については、何も分からないまま、一定の条件下で明示される普遍的な因果関係を利用して、科学技術の驚異的な進歩を実現してきたのである。理解を進めるために例を挙げてみよう。「一定の条件下で水素ガスと酸素ガスを燃やせば水が出来る」という因果の把握は科学の手の内にあるが、そのような反応・変化を引き起こす力の正体については何も分からないのである。

遺伝子はなぜそのように配列されたのか?配列された遺伝子はどのような力が働いて生命体の構造・形態・機能を作り出すのか?このような仕組みは高度な知性を持つ何かが設計したものではないのか?これらの質問は、物質・物質エネルギー・それを構成する空間と時間だけを対象とする科学の範囲を超えている。創造主の意思に同調して非物質エネルギーを理解・制御する段階にまで進化したものでなければ、答えることはできない。当仮説で言えば、創造主あり、神あり、創造循環あり、そして、設計図はあの世の原型にある。

因みに、現代生物学が言う「自然淘汰と突然変異」だけでは、生物進化の方向があまりにも合目的的であることの説明は難しい。「自然淘汰と突然変異」に、本仮説による創造循環を加えてみると納得がいく。勿論、科学的な証明のできる範囲ではないが。

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