11)記憶と感情

人間の記憶は、単独・孤立して蓄えられているのではない。それに前後して関連する記憶が続いている。意識は一点に集中するので、前後や周囲が不明瞭になり、記憶は単独で存在しているように見えるが、そうではない。全ての記憶は周辺に絡みながら、感情を伴い、あの世の個別領域・共通領域(「この世に一番近いあの世の領域・その1」の項を参照のこと)に例外なく納められている。しかし、通常の人間では思い出すことのできないものが、その大半である。

人間の記憶が物理脳の記憶野との関連で機能することは、既に科学が証明するところである。しかし、ここには、もう一つの謎がある。それは感情との関連だ。どのような記憶にも、そこに付随する感情があり、それは、意識されるものも、されないものもある。そして、その感情を支える非物質エネルギー(以後、感情エネルギーという)が、或る一定量を越えていなければ、人間はそれを記憶として顕在領域に取り出すことができないのである。強い衝撃や感動を与えた記憶対象は、容易に思い出すことができる。逆に、意識に上らずに無意識の個的経験としてあの世の個別領域に行ってしまった記憶や微かな感情しか付随しなかった記憶は、肉体を持つ生きた人間では、略、想い出すことができない。
本人にとって無味乾燥な知識を丸暗記する学習では、この感情エネルギーが不足する。そのため、強制的に繰り返すことで、この不足を補うか、それとも、その知識に対し何らかの感情を引き起こす関心や興味を持つか、が必要となる。
記憶が苦手な子供たちは、必ずしも、頭が悪いのではない。脳に物理的な欠陥でもない限り、頭が悪いから、記憶できないということはない。興味がない、関心がない、面白くないから、記憶対象に対し、その記憶を引き出すための感情エネルギーを与えることができないだけなのだ。筆者の中学時代、英語が嫌いで苦手な生徒がいた。その彼が、当時流行のアメリカン・ポップスを一番初めに覚えて英語で歌っていたのを思い出す。
懐かしい音楽を聴くと、その当時の懐かしい記憶がよみがえり、懐かしい感情に満たされる。記憶と感情はこのような関係にある。
ここで言う記憶の定義は、イメージ、音、匂い、味覚、触覚なども反映した幅広いものを意味し、それに意味と価値が加わり、或る種の雰囲気なども含んでいる。そのような記憶は、元々、感情と一体化しているとも言えるのである。

人生に問題を引き起こす記憶と感情について触れておこう。
強いネガティブ感情があるにも拘らず、必ずしも顕在領域に上らない記憶がある。この場合、繰り返し、何かの場面で、底知れぬ恐怖や不安に襲われるが、自分では何が何だか分からない。逆に、自分ではどうしようもない強いネガティブ感情を伴い、繰り返し、顕在領域に浮き上がる記憶もある。トラウマなどという言葉も流行っている。いずれの場合も、対処方法は、自我意識の覚醒レベルを上げて、これらを引き起こす経験記憶を顕在領域に引き出し、自由意志の力で再加工することである。経験記憶が思い当たらず、これを顕在領域に引き出すことができない場合は、自我意識の崩壊を防ぐための自動安全制御システムが働いている(前世の経験記憶によるものもある)ので、専門家の手助けが必要となる。

感情がいかに重要なものかについても触れておこう。
感情は、人間の精神活動の底辺を支える非物質エネルギーであり、意思決定に関与する意味と価値を伴う重要なファクターである。多くの場合、これが思考や論理の方向性を予め決定している。例えば、人間は、自分が嫌いな人に有利な論理的結論を出さないのが普通である。又、感情は、人間の幸せの源でもある。それにも拘らず、現代物質文明下に於いては、幻の如き扱いを受けている。ここに、この文明の重大な欠陥が存在すると言っても過言ではない。感情は、次元の異なるあの世に存在し、生命存在を通じて、この世のどこにでも浸透している。このような新しい前提の下に、この分野の研究を進めなければ、人間の幸せは、いつになっても、3000年前を超えることができない。尚、昨今、メッセージ物質の発見・解明に伴い、「感情は、物質が生み出している」という仮説が登場してきているが、事実は、逆で、「感情がメッセージ物質を生み出している」ということを付言したい(詳細については、「心とメッセージ物質」の項を参照のこと)。

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