仕事と労働

 ここでは、「仕事は、好きで、天職と思って、自発的な形で働くこと」、「労働は、経済的理由、義務や強制などによって、自発的ではない形で働くこと」と定義しよう。この両者を混同させてはならない。社会的な外見から見れば同じように見えても、人の心にとっては根本的に違うものなのだから。但し、続けているうちに、自分にとっての意味と価値をその内に見出して、労働が仕事に変わることもよくある。そもそも、心の中で、初めから、仕事と労働が半々ということもある。

 現代に於いて、一番問題になるのは、お金のために嫌な労働をしているのだが、本人がそのことを自覚していない場合である。労働の中身そのものは、それほど嫌ではないが、その周囲の環境が慢性的なストレスを与える場合(過密居住、満員電車通勤、慢性騒音、空気汚染など)は、意識することがとても難しい。また、賃金の高さ、楽さ加減、勤め先の知名度などを基準に、自分に合わない、欝病を誘発するような労働に従事する人間も増えている。

 ここで、世間一般で言う労働法というものを考えてみよう。すると、ここで定義した労働という視点に立った考えだけが見えて来る。そこには、仕事という視点はない。仕事も労働と見做してこの法律は出来上がっているのだ。だが、人間が行う経済的活動には、明らかに、仕事と労働が含まれていて、それを同じに取り扱えば、社会的な矛盾が生じるのは必然である。その区別は微妙で難しいが、この区別をしっかり考えた上での労働法でなければ、目的である労働者保護は、却って、仕事をする人々、労働をする人々を困らせるものとなる。

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