一体感

唯物論では、非物質である普遍的な法則・論理・概念・イメージ・記憶・感情など(それらに関連する力も含めて)は、全て物質の絡みから生み出されるものと考えます。これに対し、筆者は、宇宙を二分して、物質宇宙と非物質宇宙とに分け、我々が通常考える宇宙、即ち、物質宇宙は単独で存在しているのではなく、非物質宇宙の高い次元から来る前述の普遍的な法則や力がベースとなって、成り立っていると考えます。現代的な言い方をすれば、物質宇宙は、非物質宇宙の或る領域が光速で物質として投影されたもので(それ故、時間と空間の枠を持つ)、生物の感覚器官や脳(これも投影された物質だが、非物質である心との接点を持つ)を通して現実感が与えられる壮大な仮想現実ということになります。

この説に従えば、心は、投影された肉体を、人が自動車を運転するように、操作しているのです。肉体と自動車との違いは、一体感の違いです。心と自己の肉体との一体感は、出生時から本能によって完全なものに成っています。そして、肉体が滅んだ後には、心は、非物質宇宙に戻り、仮想現実を生きた意識を熟成させ、高次元(時間と空間に制限されない)にある元の意識状態に戻ります。仮想現実に完全な一体感を持って生きている間は、高次元にある意識は認識できません。そして、この様な仕組みによって、心は、何度も、異なる環境で、異なる肉体を生きることができるのです。所謂、輪廻転生です。

心は、物質宇宙からの刺激を受けると、無時間で、非物質宇宙から価値や意味を伴う感情(感覚)を取り込みます。何を取り込むかは、大部分が、本能として、紐付けられていますが、下等生物程、その比率は高くなります。高等生物である人間は、多少なりとも、意識して、この本能の紐付けをコントロールすることができますが、現進化段階では、共食い衝動(例えば、戦争)すら完全には制御できない状況です。勿論、本能の紐付けには、生物にとって、必要不可欠なものもあれば、進化のために更に強化すべきものもあります。

人間にとって、生存本能や生殖本能は、他の生物と同様に、必要不可欠です。この為、この物質宇宙の中で、切磋琢磨して、自己を強化・成長させる必要があります。競争は必要ですし、自衛も必要になります。しかし、無制限に、他者や自然に打ち勝てば良いというものではありません。なぜなら、我々は、人類の一員、全宇宙のパーツだからです。我々は、個的に、より優秀、且つ、より強力にならなければなりませんが、同時に、我々の母体である人類全体、宇宙全体の調和と繁栄も大切にしなければなりません。周辺の草花を枯らした大地で、自分だけの花を咲かすことはできないのです。

ここで、前述の一体感について、もう少し考えてみましょう。一体感は非物質宇宙から取り込む価値や意味を伴う感情(感覚)の一つですが、これには、様々な質と強度があります。人工知能やロボット工学を駆使して作った義手や義足を上手に使えるようになると、脳は、それらに対し、自己の肉体と略同様の反応を示すことが分かってきました。心に一体感が取り込まれていることを示しています。これ程の一体感ではありませんが、スポーツで使う用具なども熟達すると自己の手足の様に感じられることがあります。母親と乳児の一体感もあります。家族との一体感、友人達との一体感、地域住民としての一体感、同国民としての一体感などもあります。それでは、この一体感を、人類としての一体感、地球・宇宙の仲間としての一体感まで、強度を上げて、広げることはできないでしょうか。

自己を大切にしなければ、生きてはいけない。他者を、そして、自然環境を、大切にしなければ、人類は生き延びることができない。このバランス問題の解決策のキーワードは一体感です。一体感は愛の感情とも密接な関係があります。

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