自由・平等・民主主義と真社会性

現進化段階の人類にとって、数多くの矛盾を内包するものではあるが、やはり、自由・平等・民主主義は、我々社会が向かうべき基本的な方向性を示していると思う。
だが、この自然宇宙の超知的設計創造者は、社会性を模索する生命種に対し、自由・平等・民主主義とは全く異なる、進化の方向も呈示している。それが、真社会性である。

真社会性とは、アリやハチ等の集団によく見られる社会性を定義する言葉である。社会を維持するための役割分担が、遺伝的固定性を持って、体やその機能の違いにまで及んでいる進化形態である。多くの場合、生殖は少数の女王に任せられ、一般の雌は、女王に比べて体も小さく、不妊であり、仕事や戦いに、その役割を担う。
定義を緩やかに考えた場合、アリやハチばかりでなく、カメムシやアブラムシや甲虫、クモやハダニ等にも、真社会性を呈するものが存在する。或る種のアブラムシでは、天敵を攻撃する役割を与えられた幼虫(前二対の足が発達している)は、二齢になることなく、即ち、成虫になれずに死んでいく運命を持つ。
この他、サンゴ礁に集団で生息する或る種のテッポウエビにも真社会性が認められるし、更には、哺乳類にも、真社会性を持つものが発見されている。ハダカデバネズミ、ダマラランドデバネズミである。ハダカデバネズミは、体長10センチ程度の出っ歯の体毛無しネズミで、エチオピアやケニア等の地中にトンネルを掘って集団で棲んでいる。アリやハチと同様に、女王ネズミと生殖器官が発達しない働きネズミに分化している。
個体が形態・機能的に分化して集合体となる群体にも言及しておこう。植物では、ケイソウ類に、動物では、カイメンやクラゲの仲間等に見られる。これも、真社会性がその方向を極めた一つの結果であると考えられる。

さて、本題に戻ろう。人類も、社会性を持つ種である。今後、社会が効率化して、益々、高度な役割分担が要求されると考えられる。効率化を第一目標にすれば、真社会性が強く求められる。だが、それは、自由・平等・民主主義とは一致しない点も多い。
男性と女性の形態的・機能的分化は既に与えられたのものだが、今後、社会的役割として、どうしていけばよいのだろうか。働き過ぎや過度のスポーツをする女性グループが何世代も続くことで、不妊カーストが発生する恐れはないのだろうか。本能的に与えられている競争と協調の意識矛盾をどうバランスさせればよいのだろうか。人間的・頭脳的・技術的・肉体的に優秀なグループとぼんやり人真似グループの社会的役割と待遇をどう考えたらよいのだろうのか。社会に害悪をもたらそうとする人間や怠け者と手を差し伸べなければいけない社会的弱者をどう切り分けたらよいのだろうか。
又、次の様な視点から、社会を見る必要もある。ハダカデバネズミの場合、働きネズミが、女王ネズミを妬んだり、自分の境遇に対し不満を持つことはない。全て、本能の為すところである。人間の場合、意識が進化している分だけ、妬んだり、不満を持ったりする。実は、自由・平等・民主主義には、共産主義も同様だが、高邁な理念の裏に、このようなネガティブな感情が潜んでいることもあるのだ。幸福とは何かという疑問に答える際に、一つのヒントを与えている。

人類社会の向かうべき方向性を模索する場合、自由・平等・民主主義と真社会性の二つの視点から考えてみるのも面白い。

カテゴリー: エッセイ   作成者: ngg001 パーマリンク

ngg001 の紹介

南房総に移住、趣味は自然・社会・人間について体験すること、考えること。歳を取って、世の中に何か良いものを残そうという気持ちが強くなってきた。「若い頃の罪滅ぼしか?」等と言われます。

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