善意には善意を、では、悪意には・・・

論語の言葉に、「善意には善意で応え、悪意には理性で応えよ」というものがある。

現代の先進国社会は、物と便利さ、言い換えれば、お金にすっかり支配されてしまった。そこでは、愛や倫理がその力を失い掛けている。そして、お金持ちや有名人に対する嫉妬心が生み出す悪意が、メディアを媒介として渦巻いているのだ(歪んだ社会ルールがまかり通っていることに対しては、正義の声を上げるべきだが)。今では、小さな個人でも、SNSを通じて、容易に、悪意ある情報を社会にばら撒くことができる。詐欺グループは力の衰えた老人を狙い撃ちにする。独り住まいの老人や女性はより賢くならなければ生きていけない。社会の歪みに対し個人的で視野狭小な怒りを爆発させるテロリストは、これからも、増加するだろう。

一人ひとりが、日々、努力しよう。
善意には善意で応え、悪意にはその意図を見抜く理性を磨いて対応しよう。

昨今、悪意を恐れる余り善意に対し善意で応えられない人々が増えているのも悲しい。

風が吹けば桶屋が儲かる

「風が吹けば桶屋が儲かる」という諺がある。
これを、「因果の車は人知の及ばぬ領域でも廻っている」と読む。

これに絡めて、昨今、気になることがある。社会に不幸な人が続出するのではないかという心配だ。それは、マス・メディアやSNSの吹かす風である。妬み半分の正義を振り回して、寄って集って、特定の個人を非難中傷する現象である。個人に対する非難中傷は程々にして、「どうすれば、そのような不祥事をなくす社会的な仕組みが出来上がるのか」に焦点を絞る方が良い。視聴率は上がらないかも知れないが、そこに、本来のマス・メディアやSNSの存在意義があるのだ。

そればかりではない。このような風に乗って他人を非難中傷する人々には、やがて、作用反作用の法則を積んだ因果の車が廻って来る。幸せな人生を送るための第一歩は、他人を不幸にしないことなのである。

愛してもその悪を知り・・・

愛してもその悪を知り、憎みてもその善を知る。

愛憎、好き嫌い、広い意味では、嫉妬、妬み、僻み等から、物事の善悪を判断すべきではないということである。

近頃、マス・メディア、インターネットに限らず、よく見られるものは、このような感情が正義を装って為される他者批判である。「悪いものは悪いとはっきり言うべき」だが、人を批判する時には、このことに注意しなければならない。

作用・反作用の物理法則は、心の世界を含めた因果の法則から生まれたものである。言い方を換えれば、心の世界にも作用・反作用の法則が働いているということだ。あなたが幸せを求めるのならば、この法則に気付かなければならない。

 

人は見たいものしか・・・

人は見たいものしか見えない。

人は聞きたいものしか聞こえない。

略、無意識の状態で、人は、自分の現実世界をこのように限定して、小さくしていく。

人類進化のためには、このことに気付く個人が、率先して、この無意識状態に意識の光を当てて、まだ知らぬ多様性の海に船出しなければならない。